1.はじめに
医薬品の製造現場では、日々さまざまなリスクが存在しています。
例えば、次のような事象を考えてみましょう。
- 製造設備が故障し、製造工程に影響が生じる。
- 原料メーカーが変更され、従来と異なる原料が納入される。
- 製造作業者が手順を誤り、製造条件から逸脱する。
- 倉庫や輸送中の温度管理が適切に行われず、製品品質に影響する。
- 試験検査の記録に誤りがあり、誤った試験結果に基づいて出荷判定される。
こうした問題が発生した場合、製造所では原因調査や是正措置、再発防止策(CAPA)などを実施することになります。
しかし、問題が発生してから対応するだけで、本当に医薬品の品質を守ることができるのでしょうか。重要なのは、問題が発生する前に「どのようなリスクが潜んでいるのか」を把握し、品質への影響を予測して対策を講じておくことです。
このような考え方を体系的に実践する仕組みが、品質リスクマネジメント(以下QRMとする)です。
本記事では、QRMの基本的な考え方と、医薬品製造における必要性についてまとめてみたいと思います。
2.QRMとは何か?
QRMとは、簡単にいうと「医薬品の品質に悪影響を及ぼす可能性のある事象を特定し、そのリスクを評価・管理する活動を継続的に行うこと」です。
ICH Q9「品質リスクマネジメント」ガイドラインでは、医薬品の製品ライフサイクル全体にわたって、品質に対するリスクのアセスメント、コントロール、コミュニケーション、レビューを体系的に行うプロセスとして位置付けています。
ここでいう製品ライフサイクルとは、研究開発から製造、流通、さらには製品の供給終了に至るまでの一連の過程を指します。つまり、QRMは製造所の中だけで完結するものではなく、原料の調達から輸送、さらには患者さんへ届くまでの幅広い業務が対象となります。
また、日本のGMP省令(第3条の4)においても、製造業者等はQRMを活用して医薬品品質システム(PQS)を構築し、適切な製造管理および品質管理を行わなければならないと明確に規定されています。
単なる自主的な改善活動ではなく、現代のGMPにおける基幹となる必須の仕組みなのです。
3.品質リスクマネジメントの2大基本原則
ICH Q9では、品質リスクマネジメントを実践するうえで軸となる2つの基本原則が示されています。
① 科学的知見に基づき、最終的には「患者保護」につなげる
品質リスクを評価する際には、経験や勘だけに頼るのではなく、科学的な根拠や客観的なデータに基づいて判断する必要があります。そして、すべての評価・判断の最終的な目的は「患者を保護すること」です。この患者の保護には医薬品の安定供給も含まれます。薬が届かないと患者保護できませんしね。
例えば、老朽化した製造設備がある場合、「古いからリスクが高い」と単純に決めつけるのも、「今まで動いていたから大丈夫」と放置するのも適切ではありません。過去の故障履歴、保全データ、製造工程への影響度などを科学的に評価し、患者への影響を最優先に考えた対策を導き出すことが求められます。
② リスクの大きさに応じて、管理の程度(労力や文書化)を決める
すべてのリスクに対して、一律に同じ時間やコストをかけることは現実的ではありません。
- リスクが高いもの: 多部門での詳細な評価、追加の検証、強固な管理策、詳細な文書化が必要
- リスクが低いもの: 簡潔な評価と基本的な記録・点検で十分な場合もある
重要なのは、すべての事象を形式的に同じ手順で処理することではなく、「リスクの大きさに見合った適切なリソースを配分すること」です。
4.品質リスクマネジメントの基本プロセス
ICH Q9では、品質リスクマネジメントを大きく4つのプロセスに分けて説明しています。
① リスクアセスメント(リスクの評価)
「どのような問題が発生し得るか」を特定し、そのリスクの大きさを分析・評価します。基本的には以下の3つの問いを軸に考えます。
- 何がうまくいかない可能性があるのか?(リスクの特定)
- それが発生する可能性はどの程度か?(確率の分析)
- 発生した場合、製品品質や患者にどの程度の影響があるのか?(重大性の評価)
② リスクコントロール(リスクの削減と管理)
評価したリスクに対して、どのようなアクションを起こすかを決定します。
- リスクの低減: 点検頻度の見直し、設備の改修、手順書の改定、二重チェックの導入など
- リスクの受容: 科学的根拠に基づき、残存するリスクが許容範囲内であると判断する
※ただし、「受容」は基準に達していない状態や法令違反を正当化するための手段ではありません。また、対策を実施した後は「本当にリスクが十分に低減されたか」を再確認します。
③ リスクコミュニケーション(情報の共有・合意形成)
リスクの評価結果や対策について、関係者間で適切に情報を共有します。
品質リスクは、品質保証部門だけでは正確に把握できません。実際の使用状況を知る「製造部門」、構造や故障履歴に詳しい「設備保全部門」、製品品質への影響を測る「品質管理・品質保証部門」など、多部門が情報を持ち寄り共通認識を作ることが不可欠です。
④ リスクレビュー(継続的な見直し)
一度評価したリスクを放置してはいけません。
製造実績、設備の経年変化、変更管理、逸脱の発生状況、最新の科学的知見などを踏まえ、定期的に、あるいは状況の変化に応じてリスク評価を見直します。
5.具体例:製造設備の老朽化にどう対応するか?
ある製造所で、長年使用している製造設備に一部経年劣化が確認されたケースを例に考えてみましょう。直ちに製品不良が出ているわけではありませんが、今後のトラブルが懸念される場合、以下のようにQRMを進めます。
| プロセス | 具体的な検討内容 | 主な関係部門 |
|---|---|---|
| ① リスクアセスメント | 設備の劣化故障により製造条件が変動し、製品品質(ひいては患者)に及ぼす影響の大きさと発生確率をデータに基づき評価する。 | 製造、設備保全、品質保証 |
| ② リスクコントロール | 定期点検の頻度増加、予防的部品交換、異常検知センサーの設置、将来的な設備更新計画の策定などを行う。 | 製造、設備保全、品質保証 |
| ③ リスクコミュニケーション | 評価結果と対策案を各部門で共有し、「設備更新までの間、現在の管理策で安全性を担保できるか」の認識を一致させる。 | 全関係部門 |
| ④ リスクレビュー | 日常の点検結果や製品の品質照査データを定期的に確認し、講じた管理策が有効に機能しているかを検証・見直す。 | 設備保全、品質保証 |
📌 ポイント
「設備を今すぐ高額な費用をかけて更新する」ことだけが唯一の解決策ではありません。科学的根拠に基づき、**「更新までの間、どのような管理策を講じればリスクを許容レベルまで下げられるか」**を判断し、限られたリソースを適切に配分するためにもQRMが役立ちます。
6.品質リスクマネジメントで使用される主な手法
目的や対象の複雑さに応じて、以下のようなリスク分析手法が用いられます。
| 手法名 | 概要 | おすすめの活用場面 |
|---|---|---|
| FMEA (Failure Mode and Effects Analysis) | 潜在的な故障モード(失敗の形式)を洗い出し、影響度・発生頻度・検出性を数値化して評価する手法。 | 製造工程・設備・試験検査などの潜在的リスクの網羅的な洗い出し |
| FTA (Fault Tree Analysis) | 望ましくない結果(頂上事象)を起点に、その原因となる要因を樹木状に分解・分析する手法。 | 重大な逸脱やトラブルが発生した際の根本原因解析(RCA) |
| HACCP | 危害要因を分析し、重大な品質トラブルを防ぐための「重要管理点(CCP)」を設定して連続的に監視する手法。 | 製造工程における重要工程の特定と継続的モニタリング |
| HAZOP | 設計値や運転条件からの「偏脱(ずれ)」に着目して、危険性や運転上の問題を検討する手法。 | 複雑な化学反応工程や新規設備の設計・検証 |
| リスクランキング&フィルタリング | 複数のリスク要素を一定の基準で比較・評価し、優先順位をつける手法。 | 多数ある改善課題の中から対応の優先順位を決定する時 |
手法選びの考え方
FMEAなどの高度な手法を使うこと自体が目的になってはいけません。日常の軽微な変更や単純な評価であれば、複雑な手法を使わず、社内の標準的な「リスク評価シート」を用いてシンプルに検討・記録するだけで十分なケースも多くあります。
7.現場で陥りがちな「注意すべき4つの落とし穴」
QRMを導入・運用する際、形式主義に陥ると効果を発揮しません。現場でよくある失敗パターンに注意しましょう。
- 評価が担当者の「経験や勘」に依存している(主観性の排除が不十分)評価者によって結論が変わってしまうようでは信頼性がありません。過去の逸脱データ、故障履歴、試験結果などの客観的データに基づき、評価基準をクリアにすることが大切です。
- リスク評価が「書類作成(ポーズ)」で終わっている立派な評価書を作成しても、実際の製造現場の手順や管理体制が変わらなければ意味がありません。評価結果を具体的な現場の管理策へ落とし込み、その有効性を確認するまでがQRMです。
- 一度作成した評価書を放置している工程、設備、原料、作業者は時間とともに変化します。「過去に評価したから大丈夫」と過信せず、変更管理や逸脱管理、製品品質照査(PQR)と連動させて定期的に再評価を行いましょう。
- 対策を「先送り・免罪」するためにリスク評価を利用する都合よく評価ポイントを操作し、「リスクは低いから投資や改善は不要」と結論づけるのは本末転倒です。QRMは対策を怠ることを正当化するツールではなく、患者保護のために必要な対策を科学的に導き出すための仕組みです。
8.まとめ
品質リスクマネジメント(QRM)の目的は、「医薬品の品質を継続的に確保し、最終的に患者さんの安全を守ること」にあります。
また、QRMは品質保証部門だけが孤軍奮闘するものではなく、製品に関わるすべての部門が連携して取り組むべき活動です。
日々の業務の中で、
- 「ここで何が起こり得るだろうか?」
- 「もし発生したら、患者さんにどんな影響があるだろうか?」
- 「防ぐために、今どんな対策が必要だろうか?」
を一人ひとりが考え、科学的根拠に基づいて改善を積み重ねていくこと。それこそが、実効性のある品質リスクマネジメントの第一歩です。

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